語学学校に来て初めての火曜日。
いよいよ本格的な英会話マンツーマンレッスンの開始である。
文字通り朝から夜まで1対1で英語の指導を受けられる夢のような環境。
日本人の英語学習者にとって、そこはまさに「楽園」だった。
おはよう、行け!
世の中を舐めきった生活をしているので、大学生というものは一般的に朝に弱い。
なのでぼくも、入寮2日目にしてしっかり朝寝坊をこなしていた。
平日朝は、本授業が始まる前の数十分間でグループレッスンというオプション授業を受けられる。
初心者クラスなら簡単な英会話を、上級者クラスならディベート・スピーチなどを実践的に学べる貴重な場だ。
NILSにおいて早朝グループレッスンは無料である。
タダで英語のレッスンを受けられるのだから、行かない手はない。
が、前述のとおりぼくは寝坊していたので「明日から本気出そう」と二度寝の態勢に入った。
しかし早朝のトレーニングより帰寮した同室のフクモトさんが
「おっ。今日はグループレッスン行くんやろ? そろそろ支度せなあかんよ」
と注意を喚起してくださったので、起き上がることができた。
思いがけぬ複数人部屋のメリットである。
ぼくのように意志薄弱で怠惰な人間はぜひ3人部屋に泊まろう。
早朝グループレッスンは三文の徳
簡単だけれど最初は難しい
さて、1階にて初心者クラスのグループレッスンが始まった。
フィリピン人の講師1人が前に立ち、10人近い生徒との対話を主として、基礎的な文法やフレーズを紹介していくというものである。
ぼくが言うのも何だが、難易度自体はかなり低い。
しかし、それは慣れてからの話である。
当然だが講師はフィリピン人であり、授業は全て英語で行われる。
「初心者クラス」と聞いて余裕顔で行ったら、いきなり先生が英語でペラペラ話し出しいつの間にか質問されている――当然、何も聞き取れていないから答えられない――「分かりません」という英語すら話せずうつむくしかない――という状況になりかねない。
というかぼくがそうだった。
というか、周りもそうだった。
語学留学に来る人は、英語での会話経験が全くない人が多い。
そういった人たちが早朝グループレッスンの初心者クラスに来るので、結果的に誰一人として先生とマトモに会話できないお通夜状態の数十分になってしまうという事態はよく見られる。
しかし、これは初日だけの話で、なぜか2日目以降になると生徒は皆見違えるように聞き取りや発言をし始める。
このカラクリは「正解しなくても大丈夫だと気づくから」という言葉で全て説明できる。
間違えてもOK
初日のグループレッスンで、ぼくは先生が言っていることの4割程度しか理解できていなかった。
そしてある質問が来る。
「たぶんこういうことを聞いているんだろうな」という事は何となく分かっていたのだが、間違えたらどうしようという不安が非常に強く作用し、マトモに答えることが出来なかった。むにゃむにゃと意味不明の供述を漏らし、俯いて無言のまま時間が過ぎるに任せた。
記憶を抹消したい。
だが他の人も似たような感じだった。
その一方で、先生の質問に物怖じしながらもしっかり答える事のできる生徒さんがいた。その人をDさんとしよう。
時折間違えたような素振りを見せるも、分からなかったら聞き返し、間違えたら言い直すということを繰り返し、最終的には必ず先生の意図した答えを導き出していた。
Dさんが「できる生徒」だと分かると、先生は3~4人に質問した後、最後にDさんに質問し「今の質問の答え」を導き出してもらう、という流れが構築されていった。
何度かそういった事が繰り返された後、ぼくはある事実に気付いた。
落ち着いて先生の英語を聞いてみると、Dさんの答えと自分が予想した答えがほぼ一致していたのだ。
そう、先生の英語はかなり平易である。
加えて、ゆっくりとして聞きやすい発音で話してくれる。
なのでほとんどの生徒は実は先生の話を正確に聞き取れているのだ。
しかし、ただでさえ「教室」然とした空間で「先生」に質問されると、“間違えてはいけない”という日本型教育の呪縛が発動し、限りなく正解に近い答えですら100%の確証がないと言えなくなってしまうという事態に陥る。
結果、本当は分かっているのに何も答えられなくなってしまうのだ。
この証拠に、初日以降のグループレッスンではほとんどの生徒が発言数を増やし、正解に辿りつく比率が急上昇した
恐らくぼくと同様に、Dさんを見て「本当は自分もちゃんと聞き取れていたんだ」「間違えても聞き直せばいいんだ」と自信をつけて発言が出来るようになっていったのだろう。
英語は100%聞き取れなくてもいい。
最初は4割程度しか聞き取れなくても、聞き直し言い直すことで相手のコミュニケーションが図れればいいのだ。
レッスンは試験ではない。
こちらが聞き取れるまで何度でも同じことを言ってもらおう、くらいの気構えでいいのである。
結論として、グループレッスンは非常に有意義なものになった。
特に初心者の方であれば、マンツーマンレッスンのみにこだわらず積極的にグループレッスンの受講をオススメする。
「多人数の前での発言に慣れる」というのは、英語の発信力・自信を高めるてくれる何よりも重要な機会なのだ。
「自分は英語が話せない」「聞き取れない」と思い込んでる人でも、本当は出来ている人がかなり多い。
ただ、英語での会話に慣れていないだけなのだ。
グループレッスンで自信をつけることで本来の力を引き出しておけば、マンツーマンレッスンでの学習がより効果的になることは間違いない。
ジプニーで学校に行こう
早朝グループレッスンが終わると、学校へ向かうジプニーが寮から出発する時間である。
ジプニーというのはフィリピン全土でみられる乗り合いバスであり、庶民の足として広く親しまれている。
車内は概して狭い。
背の高い人は天井にガンガン頭をぶつけることになるので苦労するだろう。
さて、寮と学校が離れている語学学校では、多くの場合ジプニーを貸し切って寮―学校間を往復してくれる運びとなっている。
乗り込んでガタガタ揺られながら道路を進む。
平和な夏である。
ちなみに、一見すると澄み切った空や清冽そうな空気に反し、セブはかなり車の通行量が多く排気ガスも多い。
日本人留学生の中には喉の痛みを訴える人も少なくないので、外出する際はマスクを着用するかのど飴を持ち歩くといいだろう。
なおぼくは面倒くさいのでどちらも活用しなかった。
しばらくすると学校があるIT Parkに到着。
いよいよ本授業の開始である。
授業開始ィィィィィ
個別ブースが並ぶワンフロアに入り、先生の到着を待つ。
ぼくは1日8時間コースなので、1時間の昼食休憩を含む9時~18時のカリキュラムである。
1日8時間のマンツーマン英会話レッスンが4週間。
夢のような環境だ。
さて、授業のカリキュラムは自分で選ぶことが出来る。
ライティング(書く)、スピーキング(話す)、リスニング(聞く)、リーディング(読む)はもちろん基本項目として存在する。
その他にも、グラマー(英文法)、ボキャブラリー(語彙・単語)、プロナンシエーション(発音)、ビジネスイングリッシュ(ビジネス英語)、フリートーキング(自由におしゃべり)、カランメソッドなど非常にバリエーション豊富な授業が用意されている。
詳細は後の回で記述するが、とりあえずプロナンシエーション(発音)の授業だけは絶対に取っておこう。
発音の授業だけは絶対に取っておこう。
発音は超大事。
そして時刻は9時。
フロア内の喧騒が一気に増す。
マンツーマン授業スタート。
ぼくの1限目はVocabulary(語彙)である。
さあ、英語力向上伝説が始まる!
最初の一撃は、せつない
そして1日が終わった。
気付いたら8時間が過ぎていた。
夜の訪れはスコールの去り際より早かった。
結論から言うと、初日の授業では何もできなかった。
ほとんど何も話せなかった。
定型フレーズを言うだけで事足りる観光時と違い、マンツーマン授業では相手の言ったことに合わせて自分も話さないといけない。
これが恐ろしく難しい。
(ぼくを含めて)日本人の英語力の無さが問題になって久しいが、特にこの「自分が思ったことを伝える」という発信力の欠如はかなり大問題である。
何しろ、相手の言っていることはそこそこ分かるのにこちらはそれに何も答えられないのだ。
歯がゆい事この上ない。
日本の読解至上主義の英語教育の上にあぐらをかいていたのかもしれない。
移動時や買い物時にコミュニケーションが取れたことに安堵して、自分は英語ができると調子に乗っていたのかもしれない。
本当に、ゼロの状態で英語話者と会話を続けるというのは、気が遠くなるくらい難易度の高いことなのだと知った。
「そう思います」「いや、それは逆です」程度のことでも、慣れていないと英語では咄嗟に出てこない。
結局この日の授業では、ほとんど会話……というか最低限のコミュニケーションすらできず、黙々とテキストの問題を解き続けるだけというマンツーマンの概念を覆す革新的な授業になってしまった。
先は長くなりそうだ。