元気がなければ、何もできない!

そうなのだ。

元気がないと何もできねーのだ。

元気があれば何でもできるけど、ないと何もできないのだ!

風邪を引いた

やばい。

明日から北海道なのに風邪を引くとか。

半泣きになりながら荷造りしました。

ええ。

荷造りくらいさっさとやっとけって話ですね。

500%同意です。

まあ何とか終えました。

あとは寝るだけです。

何とかなりますように。

「普通」は健康の上に成り立つ

「健康は大事だな」って。

風邪を引いた時にしか思わないような日々を送っていました。

何というか。

ふだん社会の中で生活している人たちにとっては「健康に活動している」のが大前提なので、「病気」とか「死」とかそういう概念は脳内から抹殺されています。

健康なのは当たり前だから。

風邪を引いた時にしか、「健康はいつでも簡単に失われうる」ということに気づけないなんて。

与えられた幸運を漫然と享受してそれを当然と思い込んで自信の力だと勘違いして。

ぼくという人間は何と浅いのか。

やれやれだぜ。

それでちょっと思い出したことがありました。

普段は健康である人間がたまに風邪にかかるように。

普段は生きている人間がいつか必ず死ぬことを。

「健康」は生存の上に成り立つ

小学生や中学生の頃にベッドの中で考えて眠れなくなった「死んだら自分は消えるのか」という命題に対し、大人は「そんなのいま考えてもしょうがないし」という先送りで対処します。

それは悪い方法ではなく。

自分はいずれ死ぬときちんと理解してさえいれば、たぶんたったひとつの冴えたやり方なのでしょう。

でも……ドイツの哲学者ハイデッガーは言っていました。

「死への恐怖から目を背けたら、怠惰で無意味な日々を送ることになる」

「自分はいずれ死ぬ存在であると自覚することが、人生という限られた時間を有意義に過ごせるたったひとつの方法なのだ」

「人間は、時間的な存在である」

……確かに。

「水は低きに流れ、人の心もまた低きに流れる」と。

攻殻機動隊のえらい人も言ってました。

「普通に暮らす」ためにはまず健康でなければならない。

しかし、きっとそれだけではだめで。

「自分はいつか死ぬ」と強烈に意識していなければそれはそれは流されるような思考停止の毎日を送ってしまう。

「明日でいいや」
「来年でいいや」
「今度でいいや」

そんなことを繰り返していたら、絶対に途中で––否、始めることすらできず人生が終わってしまうのだ。

いつか。

今ではないけど、いつか。

必ず人生は終わるのだ。

明日死んでもいいように全力で生きなければ、人間はどこへも行けない!

行けないのだ!!!

まとめ

そうだ!!

だから今日もやりたいこととかやるべきことがいっぱいあったのだ!!!

でも風邪引いたから全部できなくなっちまったのだ!!!!!

ぬあああああああああ

もっと運動しないとなあああああ

でもなんかブログ書いてたら頭痛が治ってきたんですけどおおおおおブログすげええええええええええええ