セブ語学留学体験記vol.10 ダイビングライセンス取得に挑戦しよう!(中編)

透明度の高い海にダイビングした時の感動は忘れがたい。

地上とはまるで違う別世界。
「蒼い空を浮遊するかのよう」と言ったのは誰だったか。

多くの人が初ダイブの時に、それを感じたことだろう。

しかしぼくはそれどころじゃなかった。

初めてのダイビング

フィリピンの海はとても綺麗!

セブ・マクタン島のトンゴビーチの海は極めて高い透明度を誇る。

潜ったとき、すぐにそれが分かった。

海底の砂一つ一つまできらめいているのが分かるほど圧倒的なクリアウォーター。
その素晴らしさに思わず息を飲みかけたが、そんな余裕は一瞬もなかった

何しろこちとらド初心者。
数時間前までダイビングのいろはすら知らなかった新米である。
とにかく安全に初ダイブを終えるため、呼吸と耳抜きと浮力調整で手いっぱいだった。

安全なダイビングのためにやるべきこと

さて、海中は酸素なき世界である。
人間が生命活動を行うのは不可能な世界である。

ゆえにダイバーは酸素ボンベを背負って海に潜るのだが、適切な対処を常に行わないとあっさりヤバい状況に陥る。

呼吸

まず呼吸。
ただ息を吸って吐けばいいというものではない。

ダイビングの大原則として「水中では呼吸を止めてはいけない」というものがある。

息を止めたまま浮上してしまった場合、肺の中に満たされ逃げ場を失った高圧空気が膨張し、肺の過膨張障害を引き起こし命の危機に陥るからである。

慌てずにゆっくりと、大きく吸って大きく吐く。
息を止めてはならない。

耳抜き

続いて耳抜き。

飛行機に乗った時、耳がキーンとしたり詰まったりしたように感じたことは無いだろうか。
機内の気圧が変化し、鼓膜の内側と外側で空気の圧力差が発生した状態ある。

そのまま放置してしまうと激痛に見舞われたり中耳炎になったりしてしまうので、あくびなどをして鼓膜内外の気圧差を解消する「耳抜き」が重要になってくる。

実はこれと同じことが水中では起こる。

水圧は水深によって変わり、ダイバーが潜行・浮上するとその度に鼓膜内外で圧力差が生じる。

前記同様に耳抜きが必要となってくるのだが、ちょっと上下に移動しただけですぐに耳が詰まるような感覚に陥るため、耳抜きはかなり頻繁に行わなければならない

その方法だが、まさか地上と同じように水中でもあくびをするわけにもいかない。

慣れた人は「ヨーイング法」を用いて一瞬で耳抜きするが、それを習得していない人は、いちいち鼻をつまんで鼻をかむようにしたり唾液を飲み込んだりして耳抜きしなければいけない。

ちなみに耳抜きに成功すると「シュキュッ」という音がする。

浮力調整

最後に、浮力調整。

基本的にダイビング中はBCD(※浮力調整装置)を使わない。

では潜ったり浮いたりする時どうすればいいのかというと、呼吸で調整するのだ。

水中では肺がバラストタンクの役割を務める。

肺に空気が多く入っていれば浮くし、少なければ沈む。

つまり、息を吐けば沈んでいくし、息を吸えば浮いていく。

呼吸の多寡や速度を調整することで、潜行や浮上が可能になる。

結論:ダイバーは忙しい

水中では、以上3つを常に行わなければならない。

これが壮絶に忙しい

特に耳抜き。
潜行中は数秒に1度耳抜きしなければならず、また鼻をつまむ耳抜きしか出来なかったので、常時片手が使えない状況だった。

おまけに耳抜きに意識が行き過ぎると、呼吸がおろそかになる。

慌てて呼吸を開始するが、今度は浮力調整が上手くいかず浮いてしまったりする。

呼吸を整え沈み始めると、また耳抜きが必要になる――と息つくヒマもない。

最初のダイビングは無事に帰れればOK

今思い起こすと素晴らしく透明で美しい海だったが、当時のぼくに景色を楽しむ余裕なんてカケラもなかった。

息を止めたら肺が破裂する!という正しいようで若干ズレた危機感に囚われまくってパニック寸前だった。

途中で何をすべきか分からないほど頭が真っ白になってしまったので、潜行直前に決めた念仏「吸って、吐いて、耳抜き忘れず」を頭の中で繰り返しつつ、呼吸と耳抜きと浮力調整でアップアップしながらとにかくインストラクターの後についていくので精いっぱいだった。

たぶん生きてて一番頑張った時だと思う。

初ダイビングではうまく泳げない

とにかくインストラクターに遅れないよう必死だった。
はぐれたら死ぬ。
はぐれなくても死ぬ。
いろいろ死ぬと思っていた。

水深が深いところに潜るにつれ、徐々に周りの蒼さが増していく。

先を行くインストラクターがこちらを振り向いて水深計を指さす。

水深10メートル。
いつの間にか地上から10メートルの深さまで潜ってきたようだ。

インストラクターが美しい岩場や小さな魚の群れを指さし「ほら、綺麗だろ?」と教えてくれるが、やはり生き抜くので手一杯だったためそれどころではなかった。

「オーイエー!」みたいな感じでサムズアップしたが、正直よく覚えていない。

それにしても難しいのは中性浮力(※浮力を一定に保つこと)である。
一定の水深をそのまま進んでいく場合、浮きも沈みもしない呼吸リズムが必要になるが、これが異様に難しい。

気がついたら前を行くインストラクターより1メートル近く浮いていたことが10回ほどあった。

初ダイブ中に一番多く思ったことは「いいから沈め」である。

地上からの光

さて、ようやく初ダイビングも終わりに近づいてきた。

少しずつ水深が浅いところへ向かっているのが分かる。
この頃になるとさすがに少し慣れてくるので、安心してゆっくりとついていける。

フィンを効果的に使って泳ぐフィンキックはまだ不出来だが。
不出来すぎて異様に疲れたが。

浅瀬が近づくと光度が増す。

青みがかった世界が少しずつ透明な色に近づいていく。

高い透明度のおかげで、はるか先の浅瀬の情景もはっきりと見える。

ある地点で一気に水温が上がる。
温かさに包まれる。

前方は、空から降りそそぐ光に満ちあふれている。

水中へと差し込む陽はまるで曇天に差す天から光のようであり、その光の束が乱舞する様は、この世のものとは思えないほどの絶景であった。

その中へゆっくりと身体を進める。
ダイビングして良かったなと多幸感に包まれた。

もう足がつく。
立ち上がり、水の中から顔を出す。
マスクとレギュレーターを外し大きく息を吸う。

無音の世界に、子供たちの嬌声が戻ってきた。

ダイビングショップ選びは慎重に

最後に絶景を見ることができたので、全体的にとても感動的な印象になった初ダイブだった。

要所要所で弱腰になったことは忘れることにした。

店に戻った後、シャワーを浴びて心地よい疲労感に包まれていると、オーナーの奥さんがビールを持ってきてくれた。

ありがてえ。
一気に飲み干す。
疲れで渇いた喉にしみる微炭酸の微アルコール。

極楽である。

オープン・ウォーターの分厚い講習テキストを渡され「明日までに予習しといてね」とさらっと無理難題をつきつけられたが気にすることはない。
今なら何でもできそうだ。

朝も同乗したサトウくんを乗せ、送迎タクシーは寮への帰途についた。

タクシーに乗っている間、サトウくんは鉄板ネタの「ダイビングで死にそうになった話」を聞かせてくれた。

先日サトウくんが行ったダイビング店は韓国人オーナーの店で、普段日本人客の利用はないという。
全体的な料金は破格の安さであった。

しかし、オーナー兼インストラクターの機材はかなり良いものであるのに対し、サトウくんに貸し出されたレンタル機材は見るからにボロボロであった。

それでもまぁいいかと潜ってみると、どうも酸素タンクの残圧計(※空気の残量を示すメーター)がおかしい。
残圧計が100ちょっとを示しておりまだしばらく酸素の余裕があるはずなのに、酸素切れ間近によく起こる吸気抵抗が発生したというのである。

何かヤバい、もしかしてメーターが壊れているのではないか?

『ダイビングバイブル』という本を読んで、ダイブ中のトラブルに精通していたサトウくんは、そのままインストラクターを無視し緊急浮上した。

ちなみにダイビング中に急激に浮上するというのは、肺が膨張するため最も危険な行為である。

可能な限り安全に浮上するため”息を吐きつつ”急激に浮上する「緊急浮上」は、一歩間違えれば命の危機にさらされかねない。

それをしのぐ生死の淵に立たされた場合に使用する、ダイバー最後の手段なのである。

何とか問題なく水上に出たサトウくん。
そこで完全に酸素は切れた。
残圧計はなお100を示したままである。

後で確認したところ、なんとその残圧計は残存空気が100以下でも100を示し続けるという前代未聞の故障品であった。

たまたま『ダイビングバイブル』を読み該当事例を知っていたサトウくんだったから良かったものの、もし「空気切れ間近の抵抗感」というものを知らない人だったとしたら、最悪の事態に陥っていたかもしれない。

メーターの故障など、ダイビング前に酸素をタンクに入れる時点で店側が確実に気付くはずなのだが……。

怖すぎる。

とりあえずダイビング店は、日本人客の評判が良いところにしようと固く心に誓った。

あと『ダイビングバイブル』を買おうと思った。